かつて、PCは「魔法の箱」だった。
「これ一台で何でもできる夢のマシーン」だった時代が、確かにあったのだ。
もっとも、時代が下り、その存在が一般化していくにつれ、そうした夢は色あせていく。
それはPCだけではなく、かつてのあらゆるハイテク家電などが通ってきた道だ。
わたし自身、今となってはPCは、ただの仕事道具以上のものではない。
ただ、それでも何年かに一回くらいの割合で、ふと当時のことを思い返して、懐かしくなるのも事実だ。
そして、いかに自分がPCというものを使いこなせていないかにも思い至る。
実際のところ、PCでできることの幅そのものは、当時に比べても決して劣ってしまったわけではない。
むしろ機能的にはくらべものにならないほど使いやすくなっているし、それが当時よりも遥かに安い値段で手に入るのだ。
あまりそうした側面が注目されなくなっただけで、PCは使いよう次第では今でも「魔法の箱」足り得るのだ。
ただ、使い手にそうした技量があるかどうかが問題なだけで。
『デジタル・ワビサビのすすめ 「大人の文化」を取り戻せ』 (たくきよしみつ/講談社現代新書)は、そんな記憶を久しぶりに思い出させてくれた一冊だ。
とはいえ、先に書いておくが、個人的に本としての作りにはかなり疑問はある。
書名の「デジタル・ワビサビ」とは、もちろん著者であるたくき氏の造語だが、要はPCを使いこなしてアートなどを楽しみ豊かな「大人ならではの精神生活」を送ろう、という話だ。
個人的には、それに「そうすることで日本が再び豊かな文化を取り戻す…」という文脈が続くのが、なんか直接的利益を求めすぎというか、「ワビサビ」のノリとは少し違うんじゃないかという気もするのだけれど、それはまあいい。
それよりも問題は、この書名でありながら本の半分以上をSNSやOSといった、デジタルツールの使い方に費やしてしまっていることだ。
一応、これは「まず知識がないとデジタル・ワビサビを十分楽しめないから」という意図に基づいた構成ではあるそうだ。
この考え方自体は、文句なく正しい。そして、この使い方の章、内容そのものはかなり気が利いている。
上級者はともかく、普段なんとなく使っているような初心者には、得るものは多いはずだ。
けれど、そもそも技術書ではない本書に、そこまでの親切さが必要だったのか。
第一、そのあおりを食らって肝心の「デジタル・ワビサビ」についてはページ数が少なく、どうやっても駆け足という印象をぬぐえない。
この書名を冠しておいてこれなので、かなりの消化不良感が残ってしまうと言わざるを得ないのだ。
ただ、駆け足っぷりは否めないものの、その短いページの中で、本書はPCの可能性を充分以上に思い出させてくれる。
紹介されるのは初音ミクからCG(絵画)、写真、楽器など定番ながら広く押さえたという感じだけれど、それ以上にPCというものの性質を踏まえた解説がいい。
一般的に言って、デジタル機器であるPCは、アートとは相性が良くないと思われがちだ。アナログ重視の傾向は、今に至るまで変わっていない。
けれど、それも使いよう次第だと本書は言う。
デジタルによって切り落とされてしまうものは確かにある一方、PCならではの機能を活かしたアートの作りようというのも確かに存在するのだ。
一貫して流れるのは、PCは良くも悪くも道具だという考え。
それを認識したうえで、人間というアナログな使い手がいかにそれを使いこなすか。
それ次第で、PCは全く別の楽しみ方と美を提供してくれることが、じんわりと実感できるはずだ。
何と言っても、PCの存在は、アートに携わるうえで一番の障壁だった敷居の高さを取っ払ってくれる。
これは大きい。
もちろんそれなりの準備や学習はいるとはいえ、これまででは関わろうにも関われなかった立場であっても、アートの世界に入っていくことができるのだから。
それが肌に合うかは人それぞれだろうけれど、うまくハマればこれほど精神を充実させる楽しみもないだろう。
そんな生活が開ける可能性を、本書は提示してくれる。
今までただの仕事道具だったPC。部屋のによって、まったく新たな暮らしが始まるかもしれない。
そのワクワク感は格別だし、貴重だ。
かつて「何でもできるらしい」PCの出現に胸を躍らせた経験があるなら、ぜひ一読してみてもらいたい。
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