「上司に気に入られないと会社ではうまくいかない」。
これは、企業という組織に属す以上はやむを得ないことだけれど、実際にはコレが難しい。
頑張っているつもりなのに、上司の目が、それどころか周囲の目までがみるみる厳しくなっているように感じる若手は、決して少ないだろう。
『じじいリテラシー』は、その難易度の高い「上司に気に入られるにはどうすればいいか」という、まさにその点にフォーカスした一作だ。
それだけでも、興味をそそられずにはいられない。
著者の葉石かおり氏は、元々はいわゆる「上司に平気で歯向かうタイプ」で、実際にそれが原因でクビ同然に退社というパターンも経験してきた方。
その過程で、「結局会社を動かしているのはじじいどもで、結局彼らに気に入られない限り企業でうまくいくわけがない」という悟りを開いたという。
本書は、そんな葉石氏が実践してきた「じじい転がし」のテクニックを、20代の若手に向けてまとめたのが本書だ。
本のつくりとしては、会社に生息する困った年配者たちを6タイプに分類。その上で、タイプごとに会話術や付き合う上での注意点・コツなどを伝授していくという構成になっている。
言ってみれば典型的なコミュニケーションマニュアルなのだけれど、本書の特徴は、目線がいかに上役に取り入るか、ということに特化している点。
社内派閥や、上司以外の目線も踏まえた内容は、みようによっては露悪的とさえ見えるけれど、一方できわめて現実的だ。
全体を通して目立つのは、結局意地を張ってもどうにもならないということ。
いくら理想を言ったところで、企業というモノに属す以上、その内部でうまく立ち回れなければ、自分の立場はどんどん悪くなっていく。
プライドがむしろ害に働くことさえあるのだ。
「積極的に取り入っていく」というと嫌悪感を抱く人も少なくないだろうが、本書はそんなプライドがいかに意味がないかを気づくには、きわめて役立つはずだ。
企業というのは、根本的なところで「そういうモノ」なのだから。
著者自身も認めているように、本書は徹底して感覚が「昭和の価値観」だ。
じじいの6タイプのトリを務めるのが「耕作じじい」(もちろん由来は漫画『島耕作』シリーズの主人公)というネーミングになっていることからも、丸わかりだけれど、内容的にもガチで昭和。
本書で提示される処方箋はまさに古き良きバブル時代を彷彿させるものも少なくない。
それだけに、ベンチャーが雨後の竹の子のように出てくる昨今で直接本書の内容を実践できる会社がまずどれだけあるかという点は気になる。
そもそも社内派閥も何もない、根本的に「取り入る余地がない」会社だって昨今は少なくないからだ。
基本的に、昔ながらのある程度の「大企業」がベースにあるように思う。
ただ、本書が様々なノウハウの土台となっている考え方は、「最終的には企業というのは人間関係だよ」というモノだ。
この点だけは、ドライになったと言われる今の時代でも、あまり変わりない。
別に上司に限らず、人間関係を軽視していていたらボロが出るという点では(企業によって程度の差こそあれ)あまり変わっていないのだ。
内心はどう思っていてもいいけれど、他人の存在を軽視した生き方は企業ではトラブルの元にしかならないし、当然うまくいかないのだ。
だから、直接上司には使えない会社であったとしても、少なくとも社内でスムーズに立ち回るうえでは本書は十分有効なアドバイスとして機能するはずだ。
上司にフォーカスした本書だけれど、紹介されている技術そのものの応用性は高く、工夫次第で同僚全般に対して活用可能な普遍性がある。
なお、本書ではこまった年配者をあげつらう反面、人間関係に対してドライな若者世代に対する、率直な批判も展開されている。
この部分についてはあんまりにもステレオタイプにやり玉に挙げている印象が否めないため、カチンとくる若手も多いと思う。
ただ、もし現実に今上手くいっていないと思うなら、それを我慢してでも一読はしておくべきだ。
会社という組織に属していくうえでの「常識」というのは、最低限認識はしておいて損はない。
うっとおしく感じるかもしれないが、知っておくだけでも受け止め方がずいぶん変わるはずだ。
かように、本書は、実用性は高いし、本としての構成もうまい。
言っていることも会社というものの一側面を的確にとらえており、確かに主張の一つ一つは決して間違っていない。
ただし、読後にどうしてもモヤモヤした感覚になってしまうのも事実。
読後感が非常に悪いのだ。
その理由は、どうやっても露悪的な内容にも関わらず、無理にきれいにまとめようとしたことにあるように思う。
上司に相対するには「愛」が必要だと本書は説く。そして、本書を読むうちに一見うっとおしい上司たちが愛おしく感じてくるだろう、とも。
確かにこれ自体は、コミュニケーションの基本中の基本だ。
どんなに隠したところで、嫌いという感情は不思議と伝わるものだから、言い方は悪いが自分の中で感情を塗り替えていく必要がある。
ただ、問題は本書で挙げられている上司の例の半分近くが、愛おしさを感じるには相当無理があるという事だ。
うっとおしいだけのタイプはともかく、直接的に実害を及ぼす連中となるとそうはいかない。
もちろん、タイプわけという性質上、ある程度極端になるのは仕方がないが、ここまで絵に描いたような連中が近くにいたら、不快なだけでは済まない。
私自身の経験から言えば、この実害のある上司というのは取り入るも何もなく、「関わった時点で終わり」である。
現実には、この手の上司はそれぞれそうならざるをえなかっただけの背景を抱えていることも多いし、その点では同情を感じる部分もないわけではない。
けれど、そうはいっても悪影響があるという現実には違いがないし、しかもこの手の連中というのは周りを巻き込む力だけは恐ろしく強い。
そいつらがいた時点で運がなかったというしかなく、私の周辺の人間を見ても、その影響を食らってしまった知り合いは多い。
退社するだけならまだマシというレベルで。
ハッキリ言って、こういう連中にはどうやったって好意なぞ持ちようもない。まるで魅力がないのだ。
ただ、それは本書のノウハウを説く側…つまり、ノウハウそのもののスタンスについても言える。
愛情という割には、こいつらを何とか利用してやろうという功名心だけが際立った本書の書きぶりには、人間的な魅力が全く感じられない。
文章から伝わってくるのは、相手への侮蔑だけ。
愛情はおろか、敬意さえもまったく感じられないのだ。
これをもってして「愛」というのなら、その概念自体が一般的なそれとは異なるというべきだ。
そして、この状態で相手に真意を悟られないとしたら、著者のコミュスキルはどれだけ高いんだという話である。
もちろん、コンセプトの時点で、本書はどうやったってドス黒い要素を必然的に含まざるを得ない本ではある。
けれど、仮に最初から純粋な企業内サバイバル的な、きれいごと抜きの視点に徹していたら、ここまで嫌らしさは際立たなかっただろう。
極端な例と愛情という食い合わせの悪い要素を絡ませたことで、余計に悪印象が強くなってしまっている感がある。
前述したように、本書は主に若手に向けられたものだが、正直これでは若者を啓蒙するどころか、本来人間関係に積極的な連中までもが会社人生に幻滅してしまうのではないだろうか。
既に若手とは言えない年齢である私でさえ、「げっ」と思ってしまったほどだから。
繰り返すが、本書が指摘する内容、それ自体は(あえて露悪的にしている部分はあるにせよ)「会社の現実」ではある。
実際にはここまでひどい上司ばかりではないというのは声を大にして言っておきたいが、いずれにせよそんな現実で生きていく以上、社会人はある程度までは清濁併せ飲めないとやっていけない。
そうした現実にズバっと切り込んだ点、そしてコミュニケーション技術としての完成度という点で、本書は非常に高品質と言っていい。
ノウハウとしての難易度は低いとは言い難いが、心がけとして長年にわたって日々磨いていくだけの価値はあると言えるだろう。
ただ…、この本のような手法で上司におもねることが、本書に登場するような上司たち(特に実害のある連中)を正当化することに繋がってきたとしたら…
昨今噴き出している様々な企業がらみの問題を見るにつけ、その根本的な原因は、そんな長年の蓄積にあるような気がしてならない。
なんとも複雑な気分にならざるを得ない一冊だ。
前述したように後味もいいとは言えないので、個人的には、ある程度引いた姿勢で「ノウハウ本」として割り切って読むことを勧めたい。
文章のノリそのものはサブカル本に近く、きわめてポップなのでさらっと読み切れるはずだ。
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