たまたま読んだ作品なんですが、かなりヤバかったのでご紹介。
河野那歩也さんの『監禁嬢』です。ジャンル的にはサイコサスペンスになるのかな。
高校教師・岩野裕行が突然あらわれた女に監禁されるところを端緒として、日常が反転するといったストーリーです。これだけ見ると作品の系統的には典型的なストーカーものという印象しかありませんが、本作の強烈な点は、好感を持てる人間がいない、というか、不快感を催す登場人物しかいないという一点に尽きます。
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ひたすら気色が悪い…『監禁嬢』のアウトライン
新婚の妻と出産直後の娘に囲まれ、幸せの絶頂にある高校教師・岩野。
けれど、ある日岩野は何の脈絡もなく、見知らぬ女、カコによって監禁されてしまいます。
岩野の過去も、そして幸せな現状もすべてを把握したうえで、
それでも恋人のような甘い言葉をかけてくるカコ。
けれど、岩野には彼女の記憶などみじんもなかった…
このように、出だしからしてサイコストーリーの王道を行く本作。やや強引で唐突な感じも受けますが、それ自体はサイコサスペンスでは珍しいことではありませんし、むしろ掴みの強さは相当なものです。
この強烈なオープニングのイメージを裏切ることなく、カコの行状は異常の一途をたどっていきます。アクセルベタ踏みの車に乗っているような暴走っぶりは凶悪の一言。しかも日常シーンと隣り合わせの凶悪さなので、より身近な恐怖感が沸き起こってくるのが本作ならではです。
それを補強しているのが、とにかく気色の悪い絵。
サイコものなのでもちろんいい意味でなのですが、悪意というものをここまでダイレクトに伝えてくれる絵というのもなかなかありません。敢えてデッサンを狂わせたパースなど、技巧の全てをイヤ~な雰囲気の演出に注ぎ込んだようなビジュアルは、読んでいるうちに素で気分が悪くなってくるほどです。
同情不可能!嫌悪感の塊のようなキャラ設定
さて、ここまででもサイコホラーとしての特徴は十二分に備えた『監禁嬢』ですが、本作の本作たるゆえんは前述のように、作品に登場するキャラクターまでもが徹底的に不快なこと。
ストーリー上の鍵となる悪女「カコ」が不快なキャラ造形なのはまだわかるとして、主人公の岩野や彼を取り巻く同僚や女子生徒たちに至るまで、お天道様に顔向けできるようなキャラがほとんどいないという惨状です。
特に、岩野の優柔不断というか、真面目なようで実は何やってんだと突っ込みたくなる言動はかなりのモヤモヤ具合で、巻き込まれ型主人公なら通常得られるであろう同情もかき消えてしまうレベルです。特に女性が読むと、かなりイライラすること必至。
別記事で取り上げた『されど罪人は竜と踊る』なども相当過激でどよーんとしたキャラ設定ではあるのですが、本作のそれは別物です。ただひたすら、見ているだけでも不愉快。それにつきます。本来善悪の区別がつきやすいストーカー系ストーリーで、しかも善玉に当たるキャラクターにまでここまで嫌悪感を感じさせるというのは尋常ではありません。
ただ、サイコサスペンスとして考えると、この一片たりとも容赦というものが存在しないエグさは、非常に秀逸です。深夜のミッドナイト上映のアングラ映画のような雰囲気さえ漂うアングラ感も、いい意味でグロさを補強しています。
それに、主人公たちの不快感にも関わらず、カコがあまりにもブチ切れているため、「悪役」としての役目をしっかりまっとうしているのもポイント。ゲンナリすること請け合いの凶悪さ(褒め言葉)です。
不快さ・背徳感前提で楽しめる方向けの陰鬱さ
作品がまだ完結していないので畳方次第で評価は変わってくると思いますが、上手く締められればかなり上質の作品になるのではないかと期待しています。
ただ、上質とはいっても、あくまでこういうひりつくような不快感や背徳感、それ自体を楽しむような類の作品が好きな人向け。ハッピーなものが好きな人には全く向いていませんし、サスペンス好きでも読み味の良さを重視するなら多分エグ味のほうが勝ってしまうでしょう。その点から言えば、相当狭い層に絞り込んだ、読み手を徹底的に選ぶ作品です。
ただ、そこに当てはまる人にとっては、この陰鬱さは一見の価値ありです。
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