湧網線といえば、往時の鉄道ファンには北海道でも指折りの観光路線のひとつとして知られた廃路線だ。ところが、そんな特徴にもかかわらず、現状の代替バスの路線網を見ると、道内でも有数の「乗り通しづらい」廃線になってしまっている。
何故そんなことになってしまったのか。当記事では湧網線の代替交通を現地で丸一日かけて乗りとおした記録をもとに、問題点なども指摘しつつ、魅力をお伝えできればと思う。個人的には、ぜひこれを読んで一度行ってみようと思ってもらえると嬉しい。
※以下、当記事中のデータは、取材時点でのものです。
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「湖畔の観光路線」は存続の理由にならなかった
サロマ湖・能取湖・網走湖と、連続して複数の湖を沿線に抱える観光路線…この説明を聞いただけだとどんな優雅なリゾート路線かと思うところだが、実際に現役時代の湧網線の立ち位置はまさにイメージを地でいくものだった。
実は路線自体は内陸を走る区間が多く、湖畔の割合はそれほど多いわけではなかったのだが、それでも車窓の景色の美しさは広く知られていた。オホーツク海沿いを斜めに北上するルートを構成する路線のひとつということもあって、地元的には将来的な期待もさぞかし大きかっただろう。
ただ、道東の他路線と同様、早期から過疎化が著しかった上、世はモータリゼーションの真っただ中。収支の状態は極めて悪かった。観光客はともかくとして、肝心の一般客の利用が少なすぎたのだ。
網走から遠軽までの距離が石北本線よりも中湧別経由の方が短かったこともあって、遠軽へのルートとしても活用されるという意外な側面ももっていたものの、それだけではどうにもならなかったのだろう。
1981年には営業係数は2156にまで悪化。さすがにワーストクラスではないものの、鉄道としては十分致命的な数値で、存続はこの時点で絶望的だった。
現在でも「観光路線」とは言いながら、実質ただの赤字線だったりするパターンは決して少なくないけれど、湧網線はまさにそのいきつく果てをまざまざと見せつけてくれた先駆者だと言っていい。悪い意味でなのが悲しい所だが。
数は少ないが見るべきものあり!往時を偲ばせる湧網線の廃駅たち
そんな湧網線だが、廃線跡の状況はかなりお寒いもの。線路跡があまり残っておらず、サイクリングロード化された常呂駅跡付近から大曲仮乗降場跡以外は、ところどころに痕跡が伺える程度。駅舎などの施設に関しても、中間駅についてはほとんどが壊滅的で、既に自然に還ってしまった駅も少なくない。
ただ、拠点駅だった計呂地駅は、計呂地交通公園として駅舎とホームがそのままの形で残され、SLと客車が静態保存されており、この沿線の駅の中では飛びぬけた保存状態を誇る。

また、佐呂間駅も当時の駅敷地が公園となり、ホームと静態保存車両、それに移設こそされたものの駅舎が記念館としてたたずんでいる。それ以外の駅については、知来駅が駅舎のみゲートボール会館として現存、能取駅はホームのみ現存している。

逆に、常呂駅・卯原内駅については駅舎などは解体されてしまったものの、跡地が記念館などとして活用されている。特に卯原内駅は、SLと客車が静態保存されているので、サイクリングついでに寄ってみるのも楽しいかもしれない。
路線網断絶区間も…湧網線の代替バスの壊滅的な現状
完全に代替交通が存在しない廃線もある中で、湧網線は分割されたとはいえ代替バスが現存しているので、一見すればマシな部類に見えるかもしれない。
が、実際に湧網線の沿線を代替バスだけで乗り潰そうとすると、予想外に難易度が高い。乗車できればそんなに苦労はしないのだが、その乗車機会そのものが限られているからだ。
両端部分の代替バスは単に本数が少ないだけ
まず、現状を簡単に説明すると、網走バスが網走-常呂間、湧別町営バスが中湧別-計呂地間(終点は湧網線の沿線を外れるので割愛)、そして、中間部分を佐呂間町営バスが担っている。
このうち、両端部分については何も問題はない。
網走バスは普通の路線バスだし、湧別町営バスも一部スクール便を含むものの通常便も設定されている。本数こそ少ないものの、一般的なバス路線として十分使えるはずだ。
代替路線網から外れた常呂町内の駅たち
が、問題は中間部分。
まず、常呂から先の常呂町内の各駅だが、北見共立駅跡だけは北見駅行きのバス路線がかろうじて駅跡付近に停留所がある。

が、この路線は湧網線とは何の関係もない一般路線であり、目的地の方向が全く違う上、決して本数も多くない。ついでに言えば、北見共立駅周辺にはお店などなく、待ち時間を潰すこともできない。湧網線巡りの最中に気軽に使える路線とは言えないのだ。
ただ、それでも手段があるだけマシで、それ以外の駅についてはそもそも近くに停留所がない。
もちろん、農地と森ばかりのエリアなので仕方ないのだが、町営バスのコミュニティ路線の路線網からさえ外れているのだから相当なものだ。
どうしても訪れたいならレンタカーかレンタサイクルということになる。
週1便しかない常呂~佐呂間町内の代替バス
次に、常呂厚生病院(バスターミナルからではないので注意)から佐呂間までを結ぶ佐呂間町営バス網走線なのだが、週1便(水曜日運行)しかない。繰り返すが1日1便ではなく「週」1便だ。
さらに言うと、この路線は途中ノンストップで佐呂間まで行ってしまうため、途中の駅跡には立ち寄ることが一切できない。佐呂間町内の公共交通は、この常呂線ではなく、スクールバス路線が担っており、明確に役割分担されているためだ。

従って、もし佐呂間前後の町内駅に立ち寄りたいなら、佐呂間で町内(スクールバス)路線に乗り継ぐしかない。スクールバスとは言っても乗車自体は誰でも可能だし、こちらはさすがに平日はほぼ運行しているが(例外あり、要確認)、本数はやはり少ない。
なお、ここで若里・トカロチ浜線(スクール1号)に乗り継げば、佐呂間より先の浜床丹までは行くことができるが、旅行者がうかつに下車するのはおすすめしない(後述)。
公共交通そのものが存在しない佐呂間町と湧別町の境界区域
この時点でハードルが異様に高くなるのだが、さらに問題なのが、佐呂間から計呂地(湧別町)までのアクセス。
この区間は、かなりの距離があるにも関わらず、湧別町が町民限定で運行しているデマンドタクシーを除いて公共交通が存在しない。つまり、町民ではない旅行者にとっては、町域を越えて移動できる公共交通がタクシーしかないのだ。
確かに前述の通り、スクールバス便を使えば、一応佐呂間の先の浜床丹駅跡までは行けるのだが、そこからでも計呂地までは4キロ前後ある。
国道は通っているので、距離だけを見れば一見歩けなくはなさそうだが、この区間は山間部で、地元の方曰く「ヒグマが出ますよ」(現地で直接聞いた)。
もちろん出くわすかどうかは確率の問題だが、確率で食われたら洒落にならない。おとなしく佐呂間から直接タクシーを使った方が無難だろう。幸い、佐呂間バスターミナルの近隣にタクシー会社が1社社屋を構えている。ただ、何しろ他に移動手段がない町なので、念のため事前連絡しておいた方がいいかもしれない。
水曜日だけしか実行不可能!現地で見た湧網線沿線交通網の実情
そんな悲惨な状態の代替路線網を、2019年に丸一日かけて乗りとおしてみた。
バスの本数が少ないため一日で済ませる場合は網走に宿泊することが前提になるが、この時はホテルが取れなかったため札幌から夜行バスドリーミントオホーツク号を使用した。
網走~常呂バスターミナル間(網走バス常呂線)
網走バス常呂線の始発便に乗車。一般路線バスとしてはかなり小柄な車両だった。

常呂BTまでは約50分。熊取のあたり以外は国道238号を快走する路線で、概ね鉄道ルートと並行する。路盤などは殆ど見分けがつかなかったが、一部ではサイクリングロードの存在を確認できる。

路線長の半分くらいは能取湖のそばを走る。実際には木立でよく見えない部分も多いが、総じて景色に関しては素晴らしい。特にこの時は、朝一の便だったこともあって、朝日と湖面が絶妙にマッチ。寝不足も忘れて爽やかな気分に浸れた。

自転車慣れしていないとキツい!常呂周辺の廃駅をレンタサイクルで訪問
常呂バスターミナルは、すぐ裏がオホーツク海という素晴らしいロケーションにある。話に聞いていたとおり、建物も立て替えられて真新しい。

さて、問題は、次の佐呂間行きが厚生病院を出るのが5時間後だということだ。さすがに、海だけ見て5時間過ごす自信はない。
迷ったが、思いつきを実行することにした。レンタサイクルで、代替バスのエリアから外れた北見共立駅・北見富岡駅に行ってみることにしたのだ。体力に自信がなかったので途中の仮乗降場2つは無視。どうせある程度近くは通るはずなので、それで良しとする。
レンタサイクルは、常呂バスターミナルの中のカウンターで申し出れば、予約なしでも借りることができる。3時間以内に返却できれば、マウンテンバイク・シティサイクルともに500円だ(1日単位だと1000円)。今回は時間的に3時間コースでマウンテンバイクを借りてみた。

先に所要時間からまとめておくと、「共和」バス停(北見共立駅付近)までが30分、そこから北見富岡駅までが25分、そして、常呂市街近くのレストハウスに辿りつくまでが30分。食事の時間を含め、常呂バスターミナルに戻るまでの合計で2.5時間ほどだった。

駅跡については、正直ほとんど痕跡がないので書きようがないのだが、北見富岡駅については、ホームなどはなくなっているものの、どことなく路盤跡らしき雰囲気の痕跡が見て取れた。

走ったコースの景色は予想通り素晴らしく、見渡す限りの農業地帯と森の風景は日本離れしていた。道はおおむね平坦で、アップダウンは一部だけ。サイクリングの環境としては、かなりの環境と言っていい。

ただ、これは個人的な問題なのだが、恐ろしくきつかった。これは環境や距離がどうこうではなく、単純に自転車というものに乗り慣れていないためなのだが。長時間歩くことには慣れているが、自転車は使う筋肉がどうも違うようだ。もちろん、気持ちはいいのだけれど、もしやってみようと思う方は、体力以上に自転車への慣れを考えて検討された方がいいかもしれない。
常呂厚生病院~佐呂間バスターミナル(佐呂間町ふれあいバス網走線)
佐呂間町ふれあいバスが発車する常呂厚生病院は、常呂バスターミナルから1キロほど離れているが、平坦な道なので特に問題はないだろう。近隣にはセブンイレブンやセイコーマートもある。

乗車は厚生病院の玄関のすぐ前。バス停が立っているので、間違えることはないはずだ。それにしても、週1便だと思うと、待つ緊張感とプレミア感が違う。

さて、乗車してしまうと…事前に調べた時点である程度見当はついていたが、ノンストップ便だけにどんどん飛ばしていく。あっけないほどあっさり常呂町を出て佐呂間町に入ってしまった。

こちらは網走バスとは違って、湖は見えず、どちらかというと山間路線といった趣が強い。とは言っても、山の中というより、集落の中をどんどん抜けていく感じだ。
ノンストップということでなかなか景色が追いきれなかったが、とりあえず途中で駅舎らしいものは確認。あとで考えたら、あれがおそらく知来駅だったのだろう。湧網線は道路沿いを走っていたので、他にも痕跡はあったのかもしれないが、乗車していた限りではこれ以外は確認できなかった。

佐呂間までの所要時間は35分ほど。ちなみにこのバス、かなりの距離を走る割には、なんと無料だった(常呂からの場合。網走から乗車した場合は500円)。
浜床丹方面を循環で(佐呂間町ふれあいバス若里・トロカチ浜線)
ここから計呂地まではどのみちタクシーなのですぐ直行してもいいのだけれど、せっかくなので浜床丹方面もめぐっておこうと、町内循環バスに乗ることにした。

確認してみると、こちらも運賃は無料。えらく太っ腹だが、このあたりはやはりスクールバスという主目的ゆえなのだろう。1周回って戻ってくるだけの乗車も問題ないという。
1時間強ほど待ち時間があったので、その間にバスターミナルの隣にある公園(佐呂間駅跡)を見学。ホームや静態保存された車両は綺麗に整備してあり、趣深い。

やってきた車両は、さきほどの網走線よりもはるかにサイズのデカい大型バス。そして、この循環線だが、地域住民でない身にとっては、乗っているだけで十分レジャーになりうる車窓だった。
基本、山に分け入って、その先のサロマ湖のトロカチ浜を目指し、そこから別ルートを辿って循環してくるだけの路線なのだけれど、山景色のスケールがとにかくでかい。

残念ながら、例によって駅の痕跡などはほぼ見かけられない(そもそもこの辺の駅は駅舎なども含めて痕跡がない駅ばかりだ)けれど、それを無視してでも乗る価値は十分ある。

一周の所要時間は約50分ほどだ。

佐呂間ハイヤーで往時を偲べる絶好のスポット・計呂地交通公園へ
とりあえず街を散策して休憩してから、タクシー会社に直接赴く。この時利用させていただいたのは佐呂間ハイヤーさん。バスターミナルからメインストリートに出て交差点を渡り、右手に少し行ったところにある。

事前に目的地の連絡だけは入れておいたので、インターホンを押したらあとは話が早かった。すぐに乗車して、一路計呂地に向かう。
車窓を見ていると、先ほどの循環バスとはルートが違う。床丹方面経由だと、計呂地に行くには遠回りなのだ。最短ルートで飛ばしていただいた結果、これまたあっという間に計呂地に到着。お値段は3400円。佐呂間からの距離からすると5000円くらいは覚悟していただけに、ホッとした。

計呂地駅跡は、静態保存された車両や保線区詰所だった建物が簡易宿泊施設になっているため、人出は結構ある(※簡易宿泊は、2020年12月現在休止中)。
湧網線にしては珍しく、駅舎やホームもそのままの形で残っており、廃線好きのみならず鉄道好きにとってはこの沿線でも隋一の見どころスポットかもしれない。ちなみに、公園の裏手はサロマ湖畔のサンゴ草群生地への木道があり、そちらも一見の価値はある。
計呂地~中湧別TOM間(湧別町営バス計呂地・中湧別線)で夕暮れを味わう
さて、本日最後のバス、湧別町営バスに乗車する。ルートとしては、一部細い脇道を通るものの、基本的には国道238号線を一直線に中湧別を目指す路線だ。

サロマ湖については計呂地出発直後に軽く湖畔を走るだけで、すぐに内陸に入ってしまう(これはかつての湧網線も同じ)のだが、夕暮れの湖畔の風景はそれだけでもだいぶ見ごたえがあった。

ただ、それと同じくらい、日暮れの一直線の道路は、大げさに言えば幻想的。天候によると思うが、北海道ならではの景色を味わえる好路線の典型と言える。

中湧別までの所要時間は、30分強と言ったところだ。

終点の中湧別TOM(湧別町文化センター)は洋風のえらく立派な建物で、少し離れたところに中湧別駅時代のホームと静態保存された車両がたたずんでいる。名寄本線との結節点だった時期の名残か、現在でも地域の交通拠点となっており、地域路線の他、遠軽方面・紋別方面などのバスが出ている。

湧網線の代替バス巡りは極めて贅沢な遊びだ
まとめると、湧網線という廃線跡は、一気に乗りとおすことでの満足感は非常に大きい。廃線跡としては痕跡が少なく、物足りない面も多いけれど、計呂地駅など満足できる施設もあるし、何より景観の素晴らしさだけでもおつりがくる。
ただし、繰り返すが、代替バスだけで乗りとおすのは事実上不可能で、途中駅は無視するにしても、最低1回はタクシー乗車が必要になる。各町内だけの行き来ならともかく、この状態は長距離交通網としては寸断され過ぎていて機能していない。
とはいえ、たとえば佐呂間町営バスの他の町外路線を見てみると、遠軽は週3日、北見は週2日。これだけでも佐呂間から常呂・網走方面に通り抜けるニーズがそれだけ少ないということが分かるし、そもそも公共交通が存在しない湧別町間のニーズに至っては推して知るべしだろう。
つまり、各町村の人の流れがそもそもほとんどないということで、いかに湧網線のルートの需要が少なかったのかがよくわかる。
ハッキリ言って不便以外の何物でもない湧網線の乗り通しだが、実用的な意味はないと最初から割り切ってかかれば悪くない。今現在、湧網線に乗りとおすという行為は、それ自体がきわめて贅沢な遊び、もっと言えば一種の酔狂に他ならないのだから。
そこを意識した上で臨めば、あまりの不便さも逆に楽しくなってくるはずだ。
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