漫画家モノというジャンルは作家自身の体験に裏付けされたメタフィクション的な要素が強いせいか、妙に実感のこもった情念を感じさせるジャンルという印象があります。
ただ、それだけに思い入れのある作家さん・編集者は決して少なくないようで、古くは「まんが道」(藤子不二雄A)、最近では「バクマン」(大場つぐみ/小畑健)に至るまで、多数の作品が描かれています。

漫画家ものといっても、アプローチは様々です。
他の職業ものと同じく、明るく夢のある世界として描くか、それとも暗部ドロドロのシビアな世界観で描くかだけでも、作風がまったく違ってきますし。

シビア寄りのものとしては、「編集王」(土田世紀)が鉄板でしょう。
才能はもちろん前提として、努力が必ずしも報われるとは限らない、社会の暗さを前面に出しつつ、それでも漫画家・編集者という職業から離れることができない、「業」を感じさせる世界観です。
その一方で、正攻法の、言ってみれば「正論」の世界観で描かれる作品も存在します。

今回紹介する「オーク編集と女騎士マンガ家さん」(インド僧/佐藤貴文 講談社少年マガジンエッジ)もその正論重視の世界観の漫画家モノなのですが…
特徴は一言。「お色気ギャグ」「異世界モノ」といった、普通漫画家モノではなかなか見られない要素が大量にぶち込まれていることです。
というか、むしろメインはお色気と言った方が正解なんですけども、それだけでは終わらないのが本作の魅力です。
キャッチフレーズは、「異世界人たちの変にリアルなお仕事コメディ」。

肉体派モンスターの代表的種族「オーク」のひとりであるイェルド。
オークというとRPGでは大概序盤に出てくるよわっちい連中ですが、それでも人間とはくらべものにならない筋肉を持つ、ガチのマッチョモンスターです。超体育会系の典型。
ところが、この主人公・イェルドはそういう種族に生まれながら生粋の常識人かつ文化系でした。
オークとしてみれば変わった奴なんですが、種族単位で見れば確かにそういう奴の一人や二人はいてもおかしくありません。

そんなイェルドには夢がありました。彼は漫画が趣味で、編集者になりたいという目標を持っていたのです。
ですが、彼の住む異世界は戦いが日常の荒々しい世界。
そんな世界にいる限り、編集者なんて目標が叶うわけもありません。
とうとう嫌気が限界に達したイェルドは、異世界を捨てて東京にやってきます。

なんとか出版社に就職も決まり、ついに漫画編集者になったイェルド。
いざ仕事を始めてみれば、彼の元へは日々新人の漫画家たちが、自身の渾身の作品を持ち込んできます。
そんなある日のこと、いつものように新人の持ち込み原稿を読むべく出かけてみると、やってきたのはごつい鎧に身を包んだ異世界の同胞(ただしあちらでは敵同士)でした。
もう一人の主人公である人間の女の子・アンネリースです。
異世界では騎士団に所属している彼女は、アフターファイブに漫画を描いており、なんとかプロデビューを狙っていたのです。

本来狩られる立場だけにビクビクしながらも、イェルドは原稿に目を通しはじめます。
ですが…彼女には非常に致命的な弱点がありました。メンタルが恐ろしく弱かったのです…

というなりゆきで、オークと女騎士という出自の違う二人が、編集者と漫画家として紆余曲折ありながらも作品を作っていく…というお仕事モノ。
設定やキャラクターにはファンタジー色をガッツリ取り込んでいますが、あくまでテーマとしては「職業モノのコメディ」にがっつり軸足を置いているのが特徴です。
ちなみに、「オークが東京で生活できるのかよ」という当然の疑問ですが、この作品の東京では魔物の存在自体は認知されているようで、少数派ではあるようですが普通にイェルドも受け入れられています。
ちょっと姿形の違う住人ってくらいの。

本作を語るうえで、欠かすことのできない要素が、前述したようにお色気ものとしての側面です。
この作品、アンネリースがとにかく脱ぐ。もう、義務かなにかのように脱ぐ。

脱ぐとは言っても、別に自発的に裸になるわけではありません。
アンネリースは本人のメンタル的には紙同然で、それを防御するために、「精神耐性のある鎧」を日常的に装備しています。
これを着ていれば、ある程度までは精神へのダメージを防いでくれるという優れものです。
が、この鎧、精神的ダメージを受ければ受けるほど劣化していき、最後には爆発するかのようにはじけ飛び、消滅してしまいます。
そして、そのダメージ量は、「着ている人間自身の精神力」が弱ければ当然大きくなります。
ということは…そう、尋常でなくメンタルの弱い彼女は、毎回のように鎧をぶっ壊して、真っ裸になってしまう。
これは本作では完全にお決まりで、そのパターン的な描写は、脈々と続く「少年誌のお色気作品」そのものです。

で、この作家さん、画力が美少女モノとして高い上に、「女性の色っぽい体」が異様にうまいんですよね…
女体ならではのやわらかさとか、そういった描写が極端に高レベルで、表現力に関して言えばハッキリ言って下手なそっち系専門誌の作品以上です。
お色気もの自体は珍しくもありませんが、少年誌としては異例といっていいほどの実用性を備えた描画はもはや反則です。

ただ、本作のエラいところは、それだけ色っぽい描写力をもちながら、ただそれだけに頼った作品というわけではないこと。
具体的に言うと、職業モノとしての描き込みと、それによるキャラづくりがしっかりしていることです。
それが、逆にお色気ものとしてのポテンシャルも上げているという相乗効果を生み出しています。

職業モノとしてみると、先に書いたように、本作はきわめて正論を重視したつくりになっています。
掲載が少年誌というのもあるんでしょうが、変に斜に構えたような作りにはなっていません。

基本の流れとしては、ヘタるわ足を踏み外すわのトラブルメーカーであるアンネリースにイェルドが編集者としてツッコミを入れまくるという構造なのですが、語られるテーマはまさに正論も正論。
話によってはダークなテーマが取り上げられることもありますが、イェルドはあくまでも善良な編集者を貫きますから、ノリとしてはむしろヒーローものに近い物さえ感じます。

漫画家モノに限らず、ビジネスものというのは(特に青年誌では)どうしても現実性が強い成果、清濁併せ呑むシビアさがあって、作品自体が問題提起のようになっていることも少なくありません。
その点、本作は語り主体とはいえ、印象としてはスッキリとしていて、圧倒的に爽快感重視。
その分現実感や底の深さは犠牲になっているものの、漫画家ものとして主張すべきところと良好な読後感を両立させているのは見事です。

ぶっちゃけ言えば、ネタそのものは定番といってもいいほどだし、ギャグにしてもかなりありがちっちゃあありがち。
ただ、そこは本作においてはそもそも問題ではなく、あまり気になりません。
むしろマンネリ的な要素を確信犯的に使っているふしがあり、だからこそビジネスもの特有のエグ味が消えている部分もある。
本来悪玉であるオークが外見的には正義の味方そのものの騎士様を諭しまくるという構図も大きい。それ自体がシュールなギャグになっており、その点も本作の仕事ものとしてのマイルドさに繋がっています。
下手をすると後味がひたすら悪くなりがちなビジネスものという題材において、出色といっていいバランス感の良さと言えるでしょう。

そうした作品だけにキャラの色が凄くハッキリと出ているのがいい。
メンタルこそ紙なものの、アンネリースは基本的にはひたすらひたむきだし、感情表現も豊か。
みようによってはギャルっぽい外見でさえある彼女ですが、そういう土台があるだけに、ただの脱ぎ要員ではなく、人格のあるキャラクターとして好感が持てるキャラクターになっています。
だからこそ、職業モノとしての効果はもちろん、脱ぎシーンも生える。
いくらお色気主体の作品とはいっても、ディティールの重要さは変わらないということを知らしめてくれる一品です。

むしろ、定番だからこそキャラの魅力にせよ、職業ものとしての爽快感が引き立っていると言えます。

ちなみに、本作、サブキャラクターもなかなか味があります。
魔物を召喚できる能力を生かして北八王子で派遣業を営む魔術師「トルテ」
彼女にアシスタントとして召喚された、ただの触手(ただ、手が多いだけに恐ろしい速筆で、しかも描画力自体は実力派)「小金井くん」
清楚そうな外見ながら、意外に黒い面のあるヒーラー「エレナ」など、どいつもこいつも一癖ある連中ばっかりで、キャラものとしても出色です。

彼らを巻き込みながら、異世界設定の新人漫画家と編集者がどこまで伸びていくのか。
期待して見守りたいと思います。

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