魚たちが仲良く暮らす海の中の世界。
クジラの王様によって統治されるその世界には、やさしい人魚姫がいました。
王様の一人娘である彼女は民に慕われていて、彼女の方も一匹一匹がお友達です。

ですが、そんな海の世界の平和を乱すのが、天敵である人間。
野蛮な人間たちは、ことあるごとに釣り糸を海中に投げ入れ、お友達たちを亡き者にしていきます。

その日も、彼女の友人である鰹が人間の手で天に召されました。
弔いをするべく、人魚姫は喪服姿で地上に向かいます。
しかし、そこで彼女は、それまで全く知らなかったものに目覚めてしまいます。
それまで海藻ばかりを食べていた彼女にとっての未知の味。
魚肉の味―――

ということで、古今東西、人間にとってもタブー中のタブーである「共食い」を臆面もなく物語の軸に据え、ネットを震撼させたのが『人魚姫のごめんねごはん』です。
グルメものというジャンル自体、キワモノ作品がかなり多いカテゴリではありますが、ここまで振り切った作品もマレです。

テーマだけをみるとサイコホラーにも見える本作ですが、実際には徹底したブラックユーモア作品です。
ただ、その特徴は、そのブラックさがむしろそれとは真逆の、正統派のエンタメ精神によって担保されているという構造にあります。

本作は話の構成として、一見主人公である人魚姫・エラが話の流れの上では狂言回しに近い立ち位置に置かれています。
そして、実質的な話の主役は、各話で登場する魚たち(つまり犠牲者)。あるいは、地上でのエラが知り合う人間たち。
彼らのそれまでの人生(魚生?)や人間模様が、各話各話で描かれる、本作のメインなのです。

で、ポイントはこれらの話の内容が、いわゆる「いい話」の博覧会的な様相を呈していること。
おそらく作者は自分でも相当な量のエンタメを楽しんできたのではないでしょうか。
ラブコメ・スラップスティック・萌え系・青春ものetcetc…およそエンタメで考えられるあらゆる主要ジャンルのエッセンスが、各話ごとに惜しげもなく詰め込まれています。
友情あり、愛情ありの多彩な物語たちは、いずれも登場人物への共感をアゲまくる、文字通りの正当派エンタメと呼ぶべきエピソードばかりです。

本作のポイントは、そんな正統派の物語が、魚の味を覚えた共食い姫・エラの存在ひとつで台無しになるところにあります。
彼女以外のキャラクターが、人間にせよ魚類にせよ純粋に好感を持てる連中ばっかりなだけに、なおさら。
どんないい話であろうと、彼女の登場によってそれまでの流れは全部断ち切られ、すべてがぶち壊しになる。
それが本作の定番パターンです。
スピード感がある分、なおさら落差と黒さが際立つものになっています。

そんなえげつない内容ながら、描き方が徹底してポップであるのが本作の本作たるゆえんです。
さらに、共食いをしているとはいえ、エラ本人にはまずいという自覚こそあれ、悪意はまったくありません。
背徳的ではあるにしても、それを悪意むき出しでやるのと自覚ナシでやるのとでは意味がまったく違ってきます。

本作はもちろん後者。そして、そんな無邪気とでもいうべき黒さは、古くからブラックユーモアというジャンルでは定番のものです。
エンタメ・サイコもの・萌え系など取り入れられている要素が多彩なだけに見逃しがちですが、実は本作は、頑固なまでにブラックユーモアの伝統に忠実な作品と言えるでしょう。
同時に、ある意味では人魚姫の出典である童話というジャンルの残酷さも受け継いでいると言えるかもしれません。

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