作劇をするうえで、王道パターンというのは、うまく使うならこれほど威力のあるテクニックはありません。
やはり王道と言われるには、それだけの理由があるわけです。
ただ、だからといって、王道であればそれだけでいいというわけではもちろんありません。
展開そのものがどうしても読みやすくなってしまう分、意外性で勝負することができない。
そのため、舞台設定やキャラクター性など、それ以外の面での押し出しを強くしないと、単に無個性な作品になってしまいやすいという弱点があります。
その点では、学生時代に出会った『With you』もそうした作品のひとつです。
ただ、本作の場合、商業的には大成功したのが単なる凡作との違いではあるのですが。
セガサターン・プレイステーション版が非常に有名な本作ですが、大元となった成人向けのPC版からしてそっち系の色は薄かった。
いわゆるチラリズム的なシーンこそ多いものの、ぱっと見にはとても成人向けの作品には見えませんでした。
エンディング間近で、ちろっとそういうシーンがあるだけで、尺としても短い。描写こそ露骨ですが、やってることそのものは普通のドラマとさほど変わりません。
当時はそうした、最初から一般向けへの転換を狙った作品というのは決して少なくありませんでした。
PS版・SS版ではお色気も全面カットされていますが、それでもまるで違和感がありません。
シナリオそのものはモロに恋愛ドラマの典型。敢えて雰囲気を言えば、軽めのトレンディドラマ的な雰囲気が強いです。
この時期の作品にしては攻略対象となるヒロインを2人に絞り込んでいるのが特徴で、その分しっかりとキャラクター性が描かれています。
幼い頃に引っ越していった幼馴染が再び街に帰ってきたという基本設定を軸に、ファンタジックなシナリオと三角関係のシナリオに分岐する作りになっていますが、いずれも王道パターンにきっちりと乗っ取ったものになっています。
で、本作は出来は確かにちゃんとしています。読んでいてもはっきり感じるような欠点はありません。
全体的に丁寧に、上品に仕上げられており、目立ったアラもありません。言ってみれば優等生的な作品なのです。
ただ、そのネックは、それ以外のプラスアルファが見事なほどにないことに尽きます。
登場人物は魅力的なのですが、それはあくまで単体として見た場合であって、個性という点では薄いです。この手の作品に出てくるキャラのいいとこどりをしたような感じで、類型の域を出ていません。
使用されているBGMも、まさにBGMという感じで、楽曲としての押し出しは皆無。
そして、それ以上に話の筋がひたすらに地味なのです。
既に述べたように本作は流れは王道そのものの話ですし、意外性がないのは性質上仕方がありません。
ですが、それはいいとして、起伏がなさすぎるのです。
イベントも一般的な恋愛ゲームのそれを出るものではありませんし、話を通して強く押し出されているテーマもありません。
その辺にある恋愛話の展開を三角関係物語のフォーマットに当てはめて起承転結をつけて再構成しただけという感じ。
確かに破綻はしていませんが、一方で盛り上がりも薄いため、あまりにも後に残らなすぎるのです。
これがちょっとした短編ならいいんですが、普通に長いので、冗長さばかりが際立ってしまっています。
もちろんこれがシミュレーションなどの、ゲーム性の強いジャンルであったり、あるいは最初から実用本位で作られたのなら問題はありません。
ですが、本作はむしろ一般向け指向が極めて強いノベルゲーム。
これではさすがに弱いです。
想像ですが、むしろシミュレーションゲーム的な発想でノベルゲームを作ってしまったのではないか、という印象さえ受けます。
ただ、それでも本作をヒットさせた要因としては、絵の秀逸さでしょう。はっきり言って、ここについては飛びぬけています。
当時F&Cに入社したてだった橋本タカシ氏描くところの表情豊かな女の子たちは、あれから20年近く経った今でもいまだにパッと視覚的に思いだせるほど。
特に、巫女服にスニーカーというアンバランスさが逆に魅力の菜織のデザインは、活発なイメージと相まってインパクトがすさまじいです。
やり過ぎじゃないかと思えるほどの服の皺が書き込まれているのも、目立たないながら描画の丁寧さを印象づけます。
好みの差はあるでしょうが、この手の作品としては一流と言っていいでしょう。
だから、単純に「可愛い女の子にニコニコする」だけのために見るなら、むしろポテンシャル高いんですよね。
そういう意味で、評価に何とも困る作品です。
王道を貫き通そうとした割には、どこかで作り方がかみ合わなかった作品。
そういう印象を本作には抱かざるを得ません。
ですが、逆にこれだけの起伏のなさを一本の作品として遊べるところまで成立させた丁寧な仕事は驚嘆すべきものです。
それに…王道が王道でなくなってきた今となっては、この平和さは、ある意味では貴重なのかもしれないとも思うのです。
最近は王道無視で過激な要素ばかりを詰め込んだ作品も珍しくなくなりましたが、そういうのが印象に残るかというと、本作以上に無個性だったりしますしね。
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