ラブコメ作品を成立させようとしたとき、そこにはストーリー展開などとは別に、ひとつ大きなルールがあります。
それは、「惚れるまでの過程を納得いくものにしないといけない」ということです。

もちろん、実際の恋愛だって「なんでそうなる?!」って部分はありますから、非合理的であるのは構わない。
ただ、最低限「まあそういうこともあるよなあ」程度に納得いくものである必要はあります。
これが出来ていないと、土台が壊れてしまうのがラブコメというジャンルなのです。

これは、より非現実的なサブジャンルであるハーレムものでも同じ。
むしろもともとありえない設定だけに、より納得感は大事になります。それがどんなに陳腐であっても、です。

もっとも、実際のところこれは難しい。
そこで、いっそのこと完全にその過程部分を端折ってしまうという方法もあります。
説明のできないものは最初から見せない、というわけです。
性急な雰囲気が出てしまうのは避けられませんが、これはこれで一つの方法です。

いずれにせよ、恋愛を描く以上、その扱いには細心の注意が求められるのです。
非現実的なのと、読者が「ありえねえよこんなん!」となってしまうのはまったく別ということ。
ですが、それが上手くいっていない作品というのは決して少なくありません。
その一つが、「彼女、お借りします」(宮島礼吏/週刊少年マガジン)です。

最近はやりの「レンタル彼女」、つまりお金を払って1時間とかそこらの時間内だけ、彼女になってもらうサービスを題材とした作品。
厳密にいうと、そこで働く女の子をヒロインに据えたラブコメなんですが、マガジン、こんな際どいネタやるようになったんだなあ、と最初見て思ったものです。

それに、一見リアルに見えても、妄想性は下手な萌え作品以上によっぽど高い。
仕事をしててたまたまやってきたお客さんを好きになっちゃう!という…まあ、それこそ現実にはあり得ない物語です。
こういうサービスって、「いいお客」になることはできても、それ以上になる可能性って限りなく0ですからね…
さらにこの話では、メインヒロインである水原千鶴だけでなく他の女の子も言い寄ってくるハーレムもの構造なので、余計に妄想っぷりが高まっています。

まず先に美点から書いておきますが、この作品、純粋にメインヒロインのかわいさを目的に読む限りにおいては、クオリティは半端なく高い。
何しろ、「理想の彼女を演じる」ことが主題の職業で人気トップを走るだけに、千鶴の可愛さは鉄板ですし、それでいて萌え系にありがちな一種「ダサい」雰囲気も薄い。
ファッションセンスなどまで含めて、まさに理想的な彼女です。私生活では地味なツンデレだったりするわけですが、そのギャップも含めて、キャラとしての完成度は文句ありません。
そんな彼女を表情豊かに描き切る描画能力の方も、見事です。

一方、千鶴以外の女の子キャラについては描写が独特です。
こちらも確かにかわいいには変わらないのですが、大半の女の子は何らかの形で極端であり、この手のラブコメには珍しく、かなり不快感を覚える要素を持っています。
特に、主人公の元カノであるマミについては、リアルとかどうとか言う前に人としてどうかというレベル。
一般的な悪役とは違った意味で陰湿で、ここまで悪目立ちするキャラも珍しいです。

ただ、こうした厄介なキャラクターたちによってストーリーの起伏をつけるタイプの作品ですし、メインヒロインの魅力を相対的に上げる役割を果たしているのは事実です。
構造的にはハーレムものなのですが、実際にはひたすらメインヒロインひとりをアゲる作りになっているため、千鶴のキャラがタイプならこうした不快感自体はさしたる問題にはならないでしょう。

むしろ本作でどうかとおもうのが、主人公のダメっぷりとモテ具合の間に説得力が皆無な点です。
もっというと、モテる理由がまるで納得できないのです。

何しろ、序盤の主人公は、「レンタル彼女に限らず、この手の商売で女の子にもっとも嫌われるタイプ」。
ただダメ人間というだけならまだいいのですが、序盤の彼に対する千鶴の印象は、読者目線で見ても最悪クラスなのが明らかです。
ましてや、千鶴は職業が職業。
さらに他のクセありまくりのキャラにまで好かれるわけで、ハッキリ言って無理筋です。
この状況で主人公のモテを納得いくものにするためには、それ相応の要因がないと整合がとれません。

ところが、この作品、それでいてこの部分のシナリオ構成がかなり雑。
具体的に言うと、恋愛までの過程を端折るタイプのハーレムものと、流れがさほど変わらないのです。
つまり「いつの間にか」惚れられているという奴。
確かに主人公は欠点は多いものの基本的には善人です。まったく成長しないというわけでもありません。
それに、一応それっぽいシーンも挟まれます。

だから何の伏線もないというわけではないのですが、問題は一つ一つのシーンが唐突なこと。
山場的なイベントをいきなり持ってきてしまう傾向が強いのです。
たしかにこうした山場は、感情を動かすには十分な大イベントです。
ただ、スタート地点の印象が悪いという前提がある以上、そこまでに小さなイベントで感情の積み重ねをしておかないと、むしろちぐはぐな印象になってしまいます。
ですが、本作はそこが弱い。特に海水浴のエピソードの流れは、そうしたちぐはぐさが露骨に出てしまっています。
だから、結果的に千鶴の感情の流れが極めて不自然に見えてしまう。いつの間にそんなことに?という印象がぬぐえないのです。

思うに、この作品、「レンタル彼女」というある意味エグイ題材をとったことで、初っ端で変にリアルさを出そうとしたのが尾を引いているような気がします。
実際、単行本でもリアルを謳っていますし、そうした意図がコンセプトとしてあるのは確かでしょう。
現実のえげつない面までをハーレムものに噛ませてやろうという、その志は確かに買いたい。
ですけど、それにしては話づくりのバランスがどうにもちぐはぐなんですよね。
甘ったるさとリアルさを両立するだけの緻密さが感じられず、結果的にラブコメとしても納得しづらいものになってしまっているという印象です。

もちろん完結していない作品なので、今の段階でこれ以上言うのはフェアではないでしょう。
それに、さんざんかきましたが、この作品、話の勢いが群を抜いているのは確かなんですよね。
ヒロインの魅力自体は先にも書いたようにずば抜けていますし、今後の描写次第で一気に作品全体の印象が変わる可能性は十分あります。
だからこそ、中途半端な構成は避けてほしい。
神は細部に宿ると言いますが、ラブコメやハーレムものも、その点では同じなのですから。

スポンサードリンク