恋愛は倫理ではない。
よく言われる言葉ですが、実際、恋愛ほど常識や理屈が当てにならないものはありません。
実るかどうかはもちろんのこと、その持続性に関しても、残酷なまでに不条理です。
その不条理さの最たるものが不倫です。
いうまでもなく褒められたものではないこの行為は、その背徳性にも関わらず誰にでも起こりうる、日常と背中合わせという側面を持っています。
だからこそ、古くは源氏物語の時代から、様々な作品で題材として取り上げられてきたと言えるでしょう。
今回ご紹介する『嘘つきパラドクス』(きづきあきら+サトウナンキ/ヤングアニマル掲載)もその一つなのですが、掲載誌の倫理基準の緩さを反映してか、思いっきりお色気ばかりが印象に残る怪作となっています。
作者であるきづきあきら氏とサトウナンキ氏のコンビはもともとお色気描写の多い印象がある作家さんですし、本作はその意味では得意分野を生かしたものと言えます。
ただ、彼らの作品の一つの特徴である、色んな意味でトラウマを刺激する心をえぐるような作風は、本作では控えめ。
その代わり、前面に出ているのがインモラルさです。
物語をざっくり説明するなら、遠距離恋愛ゆえに流されてしまった女性の不倫と、その結果の三角関係を描いたものです。
名古屋に彼氏を残し、東京で働くキャリア女性の栖佑日菜子。
欲求不満を抱え込みながらも仕事に打ち込む彼女に対して、同僚の八日堂俊介はひそかに恋心を抱いていました。
ですが、常識的には実るわけもない恋です。
それがわかっていた彼は、ある夜の残業で、とうとう勝負に出ます。
肉体関係なしの寸止めを前提に、彼氏の「代用品」になることを申し出たのです。
こうして、栖佑と八日堂の関係がスタートするのですが、いくら事前に前提を決めていたとはいえ、こんな中途半端なルールがいつまでも持続するわけもありませんでした。
とうとういくところまで行ってしまった二人の関係は、名古屋の彼氏・大桑が割り込んできたことで(立場的に見ればむしろ当然ですが)、さらに歪な方向へ発展していきます―――
という流れなのですが、まず本作で目を惹くのが栖佑のひたすら裏目にでる行動原理。
彼女は基本的に恐ろしいレベルの善人で、他人への気遣いもやりすぎなくらいできる人間です。
一見するとキャリア系キャラクターにありがちな冷たい印象もあるものの、内心では思いやりがありますし、実際人望もあります。
ところが、これが三角関係になると、いちいち裏目に出まくる。
栖佑は良かれと思って八日堂にも大桑にも気を遣うのですが、双方の思惑もあって、ただ流されるばかりになり、事態は悪化の一途をたどります。
こじれた恋愛を丸く収めようと思ったら、むしろ容赦がないくらいの方がまだマシというのを知らしめる典型例です。
結果的に、三人は、端から見たらあり得ない異常な関係になってしまうのですが、本来男性が夢想する「理想の女性像」をベタに具現化したような彼女が、右往左往しながらドツボな関係にハマりこんでいく様は異様になまめかしい。
ここまでくるともう不倫という段階さえ超えてしまっており、もう無茶苦茶。
そんな行為にズブズブとはまりこむ彼女の常軌を逸した姿は、まさにインモラルそのものです。
その印象をさらに助長するのが、絵柄。一見すると、お色気系とは無縁な、かわいらしい絵柄なのですが、その一方で実際に三人が身体を重ねる描写は容赦なく露骨。
それだけに、ギャップがすごいのです。
いわゆる萌え系とは少し絵の系統が違うものの、雰囲気としてはとてもそういうことをしそうなキャラには見えません。
そういう絵柄と設定が絡み合って、尋常でない色っぽさになっています。
もっとも、シナリオ的に展開があまりにありえないこともあって、どうしても強引な印象が残るのは事実。
そういう意味では、この作者にしてはリアリティはかなり薄く、身近な舞台を題材にしたファンタジーと言った印象が強いです。
ただ、ある意味で割り切った作品だけに、お色気面での濃度は息がつまるほど。作者特有の、ねっとりとした薄暗い作風が、いい方向での効果を挙げています。
ぶっ壊れ加減のダイナミックさも含めて、この手の作品が好きなら外せない一本です。
スポンサードリンク